京産大の学生が落書き=フィレンツェの大聖堂に−京都
岐阜市立女子短大の学生がイタリア・フィレンツェ市にある「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」の壁に落書きをしたのは、24日に発表されたばかりのなので記憶に新しいと思います。これは短大教員の引率もついた研修旅行だったのに、「どうしてそんな事が起きてしまったのか」と本当に呆れてしまいました。ところが25日には、同じ「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」の柱に京都産業大学の男子学生達も落書きしていたことがわかったのです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080626-00000009-jij-soci
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この大聖堂は世界遺産に登録された地区にあるのですが、両学生達はともに「日付」「自分の名前」「学校名」を油性ペンで書いていました。そのため、これをみた人の学校への通報で発覚したようです。京産大の学生は「たくさん落書きがあったのでやってしまった」と話しているそうですが、心理学的にいって「落書きの多いところは落書きされやすい」のかも知れませんが、そんな事は言い訳として通りません。世界遺産として登録されるほど歴史的価値のあるものへ、落書きしていいかどうかの判断ができないような人に、大学で学ぶものがあるのかどうかは疑問です。

岐阜市立女子短大は「学生6人と引率教員2人を、学長厳重注意」にし、京産大は「学生3人の処分を検討中」ということですが、旅行の記念を落書きでしか残せないというのは、本当に情けないですね。落書きのような「形あるもの」で残さなくても、自分の心の成長につながるような「心に刻むべきもの」は見つけられなかったのでしょうか。

今更やってしまったことを言ってみてもしょうがないかも知れませんが、「落書きしたのは自分達だけではないし、どうして自分達ばかり処分されるの」と運が悪かったみたいな考え方をするのではなく、どうか心から反省し「今回のことを、今後の人生に活かせるような境地」になってもらいたいと思います。まだ若いですから失敗はあるでしょうが、「世の中には、してはいけないこと」があるってことを覚えておいて下さい。13世紀から15世紀にかけて建築され、それからずっとイタリアの人達が大切に守ってきたからこそ現在人が見ることが出来る建物です。どこかの時代の人がひとりでも壊してしまったとしたら、その一瞬のために存在できない建物なのです。人類みんなが大切にすべきものだから、世界遺産として登録されているのですね。

分かり切ったことを何度も書いてしまいましたが、もし同じようなことをしてしまった方がこれを読んでくれているとしたら、どうしても考えて欲しかったのです。今からでも遅くはありません、今後こうした騒動が起こらないためにも、「歴史的に大切にされいるものの価値」「その歴史の一瞬にいる自分」について、よく考えて行動される事を切に望みます。